江原早哉香さんインタビュー

江原 早哉香
お話をうかがった方
江原 早哉香 さん

日本大学芸術学部演劇学科卒業後、東京演劇集団風に入団。劇団創設者・浅野佳成氏に師事する。現在は同劇団の芸術監督・演出を務め、独自のスタイルを取り入れたバリアフリー演劇にも注力し、公演を全国で展開。障がいの特性を超えて、演劇の楽しさと可能性を伝え続けている。海外アーティストとの共同創作にも積極的に取り組み、一児の母としても日々パワフルに活動中。

みなさんは「バリアフリー演劇」と呼ばれる舞台をご存じですか?バリアフリー演劇とは、障がいの有無や年齢、言語、文化的背景に関わらず、だれもが観て、参加して、ときには一緒に作品をつくることができるよう工夫された舞台芸術を指します。近年、「インクルーシブ」の考え方が広がり、教育や福祉の現場を中心に関心が高まっています。
今回は、学校を中心に独自のバリアフリー演劇を全国で展開し、一般公演を含む年間約230公演を行う「東京演劇集団風」にスポットを当てます。「だれもが演劇を楽しみ、親しむ喜び」を届けたい——。同劇団の芸術監督・演出を務める江原早哉香さんに、その取り組みや思いを伺いました。

  • 星の王子様学校公演

演劇という非日常を持ち込むと、日常の「異」が輝く

対談を前に、都内の特別支援学校で上演された、みなさんのバリアフリー演劇『星の王子さま』を鑑賞しました。少し難しいメッセージも含まれていますが、子どもたちが感じたままに、自由に参加している姿がとても印象的でした。

ありがとうございます。
私たちのバリアフリー演劇は、会場の子どもたちや観客が主体になって、役者と一緒に作品を作り上げていくことを大切にしています。

重度の障がいのある子どもたちにも楽しんでもらえるよう、特性に合わせて舞台設営にも工夫を凝らします。
障がいのある人もそうでない人と同じように世界観を感じてほしいので、手話通訳士さんや字幕も常に舞台の中心。音声ガイドも会場のみなさんを包み込むような雰囲気にしています。一緒に作品を作り上げる仲間として、障がいの有無は関係ありませんね。

子どもたちに毎日接している保護者や先生にしか気づけない、ほんのわずかな動きや発語も、大切に受け止め、ときには子どもたちの次の行動をじっと待つこともあります。セリフだけではない、その“間”から、役者のほうが教えられることも多いんですよ。

日常では、特性は周囲とは少し「異(こと)」なるものとして捉えられるかもしれません。でも、演劇という非日常の世界と融合すると、それは人を魅了する輝きに変わるんですよね。

バリアフリー演劇を楽しむ子どもたちに、役者も観客の大人も魅了されているのかもしれませんね。先生方も劇中、主要な登場人物として登場していましたが、演技はアドリブなのでしょうか。

学校公演では、必ず校長先生にも役になり切って参加していただくのですが、演出からは、「いつも通り、子どもたちのために自由にやってください」の一言だけ。

『星の王子さま』では、校長先生には地理学者の役をお願いし、子どもたちに大切にしてほしいことをセリフを通して伝えてもらいます。別の先生には飲み助(失敗から目を背け、お酒ばかり飲んでいる男)の役を演じてもらうのですが、どの学校も、会場の体育館が大いに沸く場面ですね!きっと、普段は“おちゃらけない”先生が多いんでしょうね(笑)。

ほぼ即興なので、先生方が演じる場面は学校ごとに表現がまったく違います。それが、また面白いんです。

作品に込められたメッセージを大切にしながら、自由参加型の唯一無二の作品ができるんですね。

本作の初演は約30年前で、著作権が非常に厳しい時代でした。著者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリのご遺族やフランスの出版社、関係者の方々と綿密なやり取りを重ねたそうです。

劇団創設者の浅野佳成が演出を一手に引き受けてからは、特にご遺族の思いを大切にしながら、原作に忠実に演じることを心がけています。
実際に、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ・ユース財団の方に上演をご覧いただいたこともあります。

「障がいは、当事者ではなく、社会の側にあるのではないか」

「東京演劇集団風」のバリアフリー演劇は、どのように生まれたのでしょうか。

福祉の専門家やバリアフリー映画に着手していた方から提案されたのが、きっかけです。
2019年に「バリアフリー演劇研究会」を立ち上げて、障がいのある当事者や福祉関係者の協力を得ながら、手話や字幕、音声ガイドを一つひとつ学んでいきました。

始めたばかりの頃、離島での小さな公演に、障がいのある男の子とその親御さんが参加してくれたことがありました。
親御さんは、わが子がじっとしていられないことで遠慮を感じてきたようなんですが、舞台で活躍するわが子と、その姿に声援を送る客席の存在に気づき、上演後、「街に出てもいいと思わせてくれて、ありがとう」って、お言葉をくださって…。劇団員みんなの胸に熱いものがこみ上げたのを今も覚えています。
「私たちの演劇が社会とつながった!やっていきたいのは、これだ」と。

「障がいは、当事者ではなく、社会の側にあるのではないか」と、私たちは問われ続けているような気もします。
ようやく7年目になりますが、学校公演を中心に、今でも試行錯誤を重ねながら全国を巡っています。

子どもたちにも、よい変化がありそうですね。

舞台からのメッセージを受け取った子どもたちは、とても素直で直感的に行動に移すんです。会場に音に敏感な子がいれば、途中から自然と声のボリュームを抑えるお友だちが出てきます。

あるときは、お友だちが誘っても舞台に上がる勇気がなくて、舞台袖の私にずっとしがみついた女の子もいました。でも、舞台袖で役者と話したり、スタッフの手伝いをしたりして安心したんでしょうね。クライマックス、私が少し目を離して気がついたら、彼女がニコニコしながら舞台のど真ん中で、すっかり別人のようにはしゃいでいました。

劇団員との交流や舞台で楽しそうに演じるお友だちからの刺激が、彼女の勇気につながったんだ、と嬉しい光景でした。
学校を再訪することも多いんですけど、以前は自信のなさそうだった子が、舞台への参加をきっかけに、周りを励ます存在に成長している姿も目にします。

「違いをなくす」のではなく、「違いがあるまま成立する」包摂的な演劇を目指して

劇団員のみなさん

劇団は1987年に創設され、同じ演目を繰り返し上演するレパートリー方式で作品を育ててきました。時代や出会いに応じて少しずつ内容が深まって、その積み重ねが今の舞台につながっています。

劇場は東京・東中野にありますが、公演の多くは学校や地域の公共施設へ出向きます。約30人の劇団員が2班に分かれ、全国至る所、離島まで巡っているんです。

好きな演劇漬けの毎日ですが、無理はしません。体が資本ですから、しっかり休んでいますよ。心と体の「マインドバランス」を整えないと、続きませんからね。

「マインドバランス」を保つには、競争や評価に左右され過ぎないことも大切ですね。スポーツにも通じます。

多くの劇団は、競争の世界です。今回のオーディションに合格したけど、次はどうか。いつまで自分の居場所はあるのか。自分の弱点は削いで、美しい、上手だと評価される技術だけ残そうとしちゃう役者も出てきます。

「技術的な部分だけを競争していったら、大事なものを失ってしまう」と、師匠の浅野がよく言うんです。表現だけを競うのではなく、自分と周りの弱さも含めて受け止めることが大切だと。
バリアフリー演劇においても、障がいの「違いをなくす」のではなく、「違いがあるまま成立する」包摂的な演劇を私たちは目指しています。

競争のある演劇と包摂的な演劇で、役者にとっては何が一番変わると思いますか?

自由に演じていいという安心から生まれる、作品への向き合い方でしょうか。
共存社会、インクルーシブ、言葉はいろいろありますけど、純粋に「みんなで一緒に自由に楽しめたらいいよね」という思いで、劇団の役者は取り組んでいます。

そうできるのは、劇団の志に賛同して運営にご協力してくださる方々のおかげです。心から感謝しています。
役者が自分の生活を心配している限り、人のために手を差し伸べることはできないですよね。

「失敗してもいいから、やってごらん」と言える環境をもっと増やしたい

みなさんのバリアフリー演劇は、まさに、包摂的な演劇の象徴ですね。でも、こんなに自由だと、安全を確保するのが大変そうですね。
バックステージツアー

はい、大型の機材も扱うので、劇団員や観客の安全のための事前準備は欠かせません。

その一つが、観客に向けた上演前の「バックステージツアー」です。舞台装置や設備に実際に触れてもらい、「ここで何が起こりうるか」を一緒に想像します。観客が知り、感じ、理解しながら作品に入っていけるよう、危険を減らす工夫を重ねています。
その上で、子どもたちには、大きなケガや傷につながる危険がない限り、「感じたまま、やってみていいよ」と伝えています。基本的に「ダメ」とは言いません。

小道具を壊してしまったときは、むしろチャンスです。「触っちゃいけない」と遠ざけるのではなく、「こうやって直せばいいんだよ」と、一緒に直します。失敗は学びの入口ではないでしょうか。

その経験が、子どもたちの成長につながるのですね。

「失敗してもいい」と見守られる中で、危険やものごとの仕組みを学んで自分の行動を考えるきっかけにしてほしいですね。今の社会では、そうした環境が少なくなっているように感じます。
私たちのバリアフリー演劇では、開演前から舞台にいる子、舞台装置の上から見ている子、みんな思い思いの自由な距離感で舞台と関わっていますね。
ほかの文化・芸術活動やスポーツも同じで、安全管理だけに縛られず、だれでも自由に挑戦して楽しめる場がもっとあっていいと、強く思っています。

スポーツ安全協会では、今年はじめて「だれでも、みんなで楽しく」をモットーに「fun sport nexus」を開催する予定です。東京演劇集団風さんにもご参加いただくことになっています。
江原さんとスポあんパン 笑顔が3つ

私たちも、みなさんの願いを込めた折り紙で「壁アート」するワークショップと、バリアフリー演劇『ヘレン・ケラー』の上演をします。「スポあんぱん食い競走!」にも、役者が衣装姿で参加します。

未経験者や障がいの有無にかかわらず、だれもが同じフィールドで対等に交流しながら楽しめる点に、このプロジェクトの大きな意義を感じています。

どんな発見があるのか、わくわくです!

「fun sport nexus」 はいろいろなスポーツや文化活動を「楽しく体験する」プロジェクトです。勝ち負けだけでなく「おもしろそう!」「やってみたい!」という気持ちを一番大事にしながら、みなさんが笑顔で楽しめる時間を用意しています。

同劇団には、2日間にわたりプログラムを開催していただきます。

みなさんの参加をお待ちしています!