代田昭久さんインタビュー

お話をうかがった方
代田 昭久(しろた あきひさ) さん

1965年生まれ。長野県飯田市出身。大学卒業後、(株)リクルートで教育ビジネスやスポーツコンテンツ開発に従事し、独立後は、東京都杉並区立和田中学校校長、佐賀県武雄市教育監、飯田市教育長などを歴任。部活動改革を軸に長年、子どもたちの明るい未来のために尽力している。(一社)未来地図代表理事。

自然に囲まれた飯田市が活動の場

都内区立中学校の民間人校長として、2012年には部活動の“土日オフ”に着手し、いち早く部活動の地域移行に着目していた代田昭久さん。

現在は故郷・飯田市を拠点に、地域の力を活かした「まちのクラブ」で子どもたちに新しい学びや体験の場を提供しています。

近年では、筑波大学や他の自治体と連携したマルチスポーツ改革にも乗り出し、地方発信のネットワークは広がりつつあります。

今回は中学生の部活動を軸にした改革の課題と展望、子どもたちへの思いを伺いました。

子どもが安全にスポーツを楽しむために必要な、指導者の正しい知識と“オフ”

都内区立中学校で民間人校長となって仕掛けた部活動の“土日オフ”の構想は、いつから?

「先生方にも家庭の時間が必要。土日の部活動は教員が担うべきでははない。やるなら、地域や民間企業に委託すべき」という考えで導入しました。ただこれは、生徒の健全な成長のためにも大切な選択だと思っていました。

実は“土日オフ”の原点は、僕が小学5年生のときに経験した“痛い思い出”にあります。自分で言うのも変ですけど、当時は、わりと何でも“できちゃう子”だったんです。今は違いますよ(笑)!水泳大会で「県の新記録を狙ってみよう!個人メドレーなら可能かも」と思い、独学でバタフライや背泳ぎを習得しました。兄の体育の教科書を読みこみ、朝も夜も我流で練習。でも、結果的には、腰を痛めて、新記録の夢は叶いませんでした。
中学校ではバスケットボール部に所属したんですけど、腰痛からくる足や臀部のしびれに常に悩まされ続けました。高校ではスポーツを選択せず、大学に入ってから、リスタートできる競技としてアメリカンフットボールに挑戦したものの、結局、歩行が困難なほどひどくなり、手術をすることになってしまって。
執刀医からは「成長期に我流で練習を続けた結果、腰椎を損傷したのが根本的な原因」と告げられて、「正しい指導のもとで練習し、休養やケアについても知識を持たなければ、成長期のスポーツは致命的なケガにつながりやすい」と諭されました。

大学卒業後は、スポーツからは離れるつもりだったんですが、入社したリクルートは当時、企業スポーツに力を入れていて、アメリカンフットボール部も日本一を目指そうと奮起していました。手術後の経過が順調だったこともあり、もう一度挑戦してみたいという思いを強くして入部したんです。海外から招聘したヘッドコーチやトレーナーから、体づくりの基本、睡眠や休養、食事の重要性を学びました。自分でも信じられないほどスピードやパワーがアップし、本来の運動能力も復活です(笑)!                     
入部して7年後にチームは見事に日本一を達成しました。選手、スタッフとして関わりながら、日本一に到達するまでのプロセスを間近で見られたことはすごく貴重な経験でした。最後の1秒までのびのびプレーする選手たちの姿から、「楽しむことこそが最高のパフォーマンスを引き出す」という、大切な教訓を得ることができましたね。
                             
日本では、中学、高校を卒業するタイミングでスポーツを辞めてしまう子どもが少なくありません。その主な理由には、僕と同じようなケガやバーンアウト(燃え尽き)が挙げられます。生涯にわたってスポーツを楽しめる文化を育むためには、僕たち大人が子どもたちの「過熱」を適切に抑え、正しい休養とケアの重要性を伝えていくことが不可欠だと感じています。

“痛い思い出”から日本一に至るまでの実体験こそが、“土日オフ”のきっかけなんですね。楽しむことが大切という点は、当協会がみなさんの活動を支援する際のモットーでもあります。

教育長時代に実施した“放課後部活動オフ期間”の取り組み

2016年度から6年間飯田市教育長を務められ、“11月~1月の放課後部活動をオフにする「自分チャレンジ期間」”を実践されました。どんな成果がありましたか?

飯田市に戻り、教育長として学校現場を見てみると、部活動に関する深刻な課題が次々と明らかになってきました。いじめや体罰、不登校といった問題の背景に、部活動が関与しているケースが少なくなかったんです。さらに、部活動への加入率も年々低下し、運動部の参加率は50%をわずかに超える程度にとどまっていました。
僕が心から愛していたスポーツが、今や子どもたちにとって必ずしも健全とは言えない状況にある現実に危機感を覚え、何とか改善したいという思いが芽生えました。

そこで、2018年に市内の中学校における部活動の実態調査をした結果、子どもたちの活動時間は年間平均で約660時間にも及んで、「自分の時間がほしい」という声が多く寄せられました。
これを受けて、2019年度には試験的に1カ月間、放課後の部活動をオフにする取り組みを始めました。同時に、競技力向上を望む生徒には、学校以外に「全市型」のスポーツスクールを用意し、多様なニーズに応える仕組みを整えました。アンケートでは、多くの子どもたちがこの「オフ期間」を肯定的に受け止めていましたね。

2020年度からは、日照時間が短くなる冬季(11月〜1月)を「自分チャレンジ期間」と位置づけて、放課後の部活動を休止しました。当初、保護者や教職員からの否定的な声も多かったのですが、子どもたちからの肯定的な声は年々増加して定着しました。

「楽しい」の先に、“技術向上したい” と“楽しみたい”が共存できる場

教育長退任後、2022年に本格始動した「シン・ブカツ」、翌年には「エンジョイスクエア」など長野県飯田下伊那地域と一体となって子どもたちに多様な体験の場を提供し続けています。見えてきた課題は?

「シン・ブカツ」という名称は、従来の学校部活動のイメージに引きずられてしまうため、最近は「まちのクラブ」と呼んでいます。「エンジョイスクエア」は、様々な文化・スポーツ活動を体験できる「まちのクラブ」の集合体です。子どもたちは、夏・冬季の一定期間に70以上の「まちのクラブ」から好きな種目を選んで参加ができます。学校部活動の種目は全体の約2割程度で、それ以外はeスポーツやビリヤード、動画制作など、学校にはない種目がほとんどです。同じ好奇心を持つ仲間と学校の枠を超えて集うことで、自然に盛り上がり、絆が生まれているようです。

一方で、継続的な運営には財政基盤の安定化が課題です。現在は「受益者負担」「公的資金」「企業協賛」をそれぞれ3分の1ずつにするバランスが望ましいのではないかと考えています。

また、様々な体験をした子どもたちは、技術向上を目指す「Skill Up(SU)型」と、ほどほどの頻度で楽しむ「More Enjoy(ME)型」と、それぞれの関心や目標が分かれていきます。体験の先には、多様な選択肢があることも大事だと思っています。

SU型も、ME型がいないと成り立ないですよね。例えばダンスは、見て楽しむ人がいるから、もっとかっこいいダンスをしようとプレーヤーは奮起する。応援してくれるファンがいなければ、踊っていたって輝けないですものね。

まさにその通りです!従来の部活動では、限られた種目に取り組み、3年間ひたすら技術の向上を求められるケースが少なくありませんでした。ダンスでオリンピックを目指すことは、もちろん素晴らしいことですが、観客やサポーターとしてダンスを楽しむことも同じくらい大切ですよね。

生徒数が少ない地域を救う期待のマルチスポーツ!成功モデルをつくるためには周囲の意識改革も重要

2025年度から「マルチスポーツ環境」の全国ネットワーク化にも取り組んでいますね。大学とも連携して3年後には100自治体とのつながりを目指していますが、ねらいは?

飯田下伊那地域は14市町村の広域連合ですが、そのうち人口が1000人にも満たない小さな自治体がいくつもあって、学校の部活動には限界があります。そこで、隣接する複数の町村が合同チームを編成し、共同で集団競技を行える仕組みづくりに挑戦していますが、それでも、チームを組んで試合に出るだけの人数が集まらないんです。

この課題を解決するために検討しているのが、「総合型地域スポーツクラブ」の設立と、マルチスポーツ形式での活動です。このクラブでは、会員がバスケットボールやサッカー、野球など様々なスポーツを週・月替わりで体験できます。中学1、2年生の間に幅広い競技を体験する中で自分が向いている、好きなスポーツを見つけて、中学3年生になったら体験してきた競技の中から全員で「公式大会に出場したい種目」を話し合って大会に臨む、そんな仕組みを検討しています。

都会は1つのスポーツを極める環境が整っている一方、マルチスポーツにおいては、生徒数の少ない地域の方が推進しやすい環境にある。ピンチはチャンスということですね。今後の展望は?

現在、筑波大学と連携し、様々な種目を体験し、楽しめる「マルチスポーツプロジェクト」に取り組んでいます。しかし現状は、従来の部活動“観”やスポーツ“観”の枠組みから抜け出せていないと痛感しています。
全国教育長会議などでの講演を通じて、各地の自治体ともつながりが広がってきました。意識改革を進めるには、一地域だけの取り組みでは限界がありますよね。まずは「まちのクラブ」を核とした地域間ネットワークを築いて、「マルチスポーツ」を含む、新しい価値を生み出していく地域同士が協力していきたいと考えています。

学校の枠を超えた仲間と居場所づくりを

代田さんが進める部活動改革が担っているのは、学校の枠にとらわれず、子どもたちの成長と地域の再構築を目指す取り組みとも言えそうですね。
代田昭久

起業家時代、『13歳のハローワーク』(村上龍著)に共感して2005年に公式サイトを立ち上げました。リクルート時代に様々な企業のHR(Human Resources)を担当した際、日本の学生は子どもの頃から職業について学ぶ機会が少ないために、職業選択がうまくいっていない、という社会構造の問題にぶつかったからです。
これからの時代は、子どもたちは多様な体験の中から、自分の「好き」や「向いていること」に気づき、自ら選び取る力が必要です。それはすぐに身につくものではないので、幼い頃から社会の中での経験や積み重ねも大切だと思っています。私たちの取り組みは、そうした環境をつくるための一歩でもあります。

現代の子育て環境は大きく変わりましたけど、昔の寺子屋のような、自由闊達な地域の“居場所”や大人の“見守り”は、今も変わらず大切ですよね。家庭や学校だけでは育てきれない部分を、地域全体で支えていく必要があります。
草が根を張り、やがて美しい花を咲かせるように、子どもたちが力強く育つには、“根っこ”を育むことが大切です。“根っこ”とは、地域や人とのつながりの中で育まれる、心のよりどころであり、生きる力の源だと思っています。
子どもたちが「このまちに生まれてよかった」と思える未来を、部活動の地域展開を契機に、地域の、全国のみなさんとともに描いていきたいですね。

スポーツ安全協会は、生涯にわたってみなさんが楽しくスポーツ・文化活動を行える社会への貢献を目指しています。
(一社)未来地図の活動について、2023年度から「シン・ブカツ」を放課後活動振興モデル事業として助成し、2025度からは、未来志向型の地域スポーツ等を支援する「スポーツ活動活性化モデル」として「マルチスポーツ環境の全国ネットワーク化事業」を採択しました。100の自治体によるマルチスポーツ・ネットワークが具体化すれば、また新たな芽がたくさん出てくるでしょう。

当協会は今後も、未来志向で挑戦を続けるみなさんの活動を応援していきたいと思います。